世界へ、そして未来へ 神奈川大学

雑草集団が果たした箱根連覇!

チーム力で勝ち取った栄冠。
「全員駅伝」という精神文化は、
今も受け継がれている。

監督を引き継いで1年目。
分厚い選手層で臨んだ第74回大会

1998年第74回箱根駅伝は、大後栄治が監督として迎えた最初の箱根だった。前年の第73回大会でチームが初優勝を果たした後、4月に監督を引き継いだのだ。
神大は、初優勝の原動力となった市川、藤本、近藤、今泉の4人が卒業して抜けたものの、新4年生の高津をはじめ、渡辺、岩原、小松など箱根を経験している選手たちが健在。そのうえ部員たちの力量差が均衡していて、誰が出ても遜色のない走りができる厚い選手層を誇っていた。周囲からは「勝って当然」との評価がなされていたが、昨年、総合2位の山梨学大、復路優勝の駒大も戦力を維持しており、この年の箱根はYKK対決とも称された。

4区・5区で見せつけた神大の強さ。
逆転でつかんだ二年連続の往路優勝!

連覇を狙う神大は往路・第1区に高津を配した。高津は前々回の箱根で3区1位、前回は1区3位と安定感抜群の走りをみせており、大後監督やチームから大きな信頼を得ていた。しかし、その高津がまさかのブレーキ。7.5km付近からずるずると遅れ出し、首位専大から1分53秒差の11位で2区・小松に襷を繋ぐ。

1区でペースを作り、そのまま2区へ繋いで有利なレース展開に持ち込もうとした作戦は早くも頓挫したかにみえたが、2区・小松は10000m・28分台の実績を持つ選手。"花の2区"で各校のエースたちと凌ぎを削りながらも落ち着いた走りをみせ3人を抜き、順位を8位まで上げて3区・野々口に襷を繋いだ。野々口も2人を抜いて6位まで順位を回復し、4区・渡邉に襷リレー。しかし、小松、野々口とも区間順位は6位と、首位を走る早大とのタイム差は4分47秒に広がっていた。

しかし、ここから神大の選手たちは大後も驚くほどの強さを見せる。「うちにはブレーキした区間を挽回できる選手はいない。だから一人ひとりが堅実な走りをすることが大切」と語っていた大後監督の言葉を覆す快走が続くのである。
先ずは渡邉が前方を走る中大をターゲットに、序盤の追い上げから中盤以降はマッチレースに持ち込み、専大、順大をかわして4位に浮上、区間賞を獲得するとともに、首位早大とのタイム差を2分46秒まで縮めた。この渡邉の走りが神大に流れを引き寄せたのは間違いない。渡邉から襷を受けた5区・勝間も恐るべき激走を演じる。中大、早大をたて続けに抜き去り、照準をトップの駒大に定めると、16kmの下りからスピードアップ、19.5km過ぎでついに駒大を逆転、13秒差をつけて芦ノ湖のゴールに飛び込んだ。惜しくも区間賞は3秒差で山梨学大に譲ったものの、昨年までの絶対的な山の神・近藤のベストを上回る走りだった。
神大は、昨年に続いて往路優勝を飾ったが、逆転で勝ったチームは18年ぶり、それも残り1kmでの劇的な大逆転を演じたのだ。

快走を続ける選手たち。そして襷はアンカー・中里へ。
そして再び訪れた歓喜の瞬間。全員駅伝で掴んだ箱根連覇!

復路に入っても往路大逆転の勢いは止まらない。2位駒大より13秒早く芦ノ湖をスタートした6区・中澤は箱根初出場だった。対して駒大の6区は昨年この区間を2位の記録で好走している。さらに1分29秒遅れで早大、その6秒後に山梨学大と、逆転を狙って各校が下りに強いランナーを送り出していった。

しかし、中澤は登りが続く序盤こそ駒大に9秒差と詰め寄られたものの、下りに差しかかった5km地点からは2位以下をグングンと突き放す。そして、史上初の58分台となる58分44秒の区間新で走り切ってしまった。おそらくは2位で帰って来るだろうと予測していた大後監督にはうれしい誤算だった。それどころか中澤の走りにより、2位駒大に1分55秒、3位山梨学大とは3分12秒、4位中大とは3分17秒の差をつけた。あわよくば2分以内で襷を繋ぎ、7区以降での逆転を目論んでいた山梨学大と中大は、この時点でほぼその希望を断たれた。大後監督も中澤の快走ではじめて「いけるな」との確信を得たという。

中澤から襷を受けた7区・中野はキャプテンとしての意地と責任を果たす。駒大に2分56秒差をつける区間賞で8区・辻原に襷を繋いだ。中野は以前故障した腹筋の痛みを感じながらのレースだった。痛みが出るとペースを上げてごまかしていたという。その頑張りは怪我で1年間を棒に振った悔しさに支えられていた。

そして、そんな中野の気持ちを襷とともに受けた辻原も、初出場とは思えない快走を続け、9区・岩原に襷を繋ぐ。辻原は2位の駒大に4分32秒もの大差をつける区間賞。これで神大は3区連続の区間賞となった。岩原は沿道からの神大コールに押されるようにして区間3位で10区・中里に襷をリレーした。

アンカー・中里も箱根駅伝初出場だった。1・2年次は内臓疾患に苦しみ、学生最後の年になってようやく調子を上げ、ぎりぎり14人のエントリーメンバーに入った。大後監督は中里に「4年間の思いを噛み締めて走ってこい」と送り出し、中里もその思いを抱きながら走った。ゴール地点から中里の姿が見えると、駅伝チームのスタッフや選手たちから大歓声と拍手が沸き起こる。そして大後監督がその輪の中に加わるとチームの歓喜は最高潮に達した。中里は、後続のチームにその姿を捉えさせることなく、区間2位の力走で大手町のゴールテープを切った。
1月3日、午後1時27分55秒、神大駅伝チーム全員の力で箱根駅伝2連覇を達成した瞬間だった。

  • 地元六角橋商店街での優勝パレード
  • 神奈川大学に凱旋しての優勝祝賀会

根付いた精神文化。
そのスピリットは脈々と引き継がれる

大後は言う「選手が4年というサイクルで入学・卒業を繰り返す中で、チームとして常に結果を出していくためには、精神文化が必要だ」と。 駅伝は部員全員で行うものであり、決してエントリーメンバーだけで戦うものではない。こうした精神文化が守られる限り、神大駅伝チームはさらに進化できるはずだ。

Prev Slide Next Slide

このサイトをみんなと共有しよう!

ページトップ